「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。この邦題の特徴的な語感から、日本のサブカル界隈でも、このタイトルをモジった作品はたびたび見られる気がします(中身はフォローしてない場合が多そうだけど)。
なので名前だけは聞いたことがあるって層も結構いそうな作品。僕も似たようなもので、結構前に買ってはいたけど積んでいた。でも、名作と呼ばれる作品を放っておくのもなんだし今年は読書欲が去年よりも強い、この機に読んでみようと思い立った。
そして、この小説はサイバーパンクSFの金字塔「ブレードランナー」の原作。
こっちも有名な作品だし、後の日本の漫画にも影響を及ぼした・・・という事は知っていたけど未履修。せっかくなら両方に触れておこうと映画も視聴。
両方とも面白かった。古い作品だけど、今触れても十分に面白い。
でも、単純な原作/映画化の関係ではない作品でした。
作品の印象が異なる二つの作品
両方とも、人間と見分けがつかない(能力的には人間より優秀)なアンドロイド=レプリカントが脱走し、それを主人公であるデッカードが追うというもの。その筋書きだけ見れば共通ですが、受ける印象は別物でした。
荒廃した地球の印象が違う
共通して荒廃した地球が舞台ですが受ける印象が異なります。小説は、放射能が降り注ぎ"乾いた印象"を受ける地球が舞台です。一方映画は「AKIRA」や「攻殻機動隊」を知っている人が想像するサイバーパンク・・・といった感じです。
広義で捉えれば同じサイバーパンクかもしれませんが、小説は文字通り”荒廃した”イメージ、映画はディストピアというかスラムのようなイメージが強いです。
物語のテーマが違う
筋書きは共通と先述しましたがテーマは異なっていると思います。
小説は人間とアンドロイドの違いは何か・・・という点がテーマだったと思います。人としての感情や共感性がよく語られ、そのためのマーサー教や情調オルガンといったものが小道具として登場します。
一方映画は、レプリカントの短命さ、それゆえの生への執着がメインに描かれています。なので、マーサー教や情調オルガンみたいな小道具無も無く、「生を渇望するレプリカントと、それに色んな意味で対峙する人間(=デッカード)」という構図です。
小説に短命に作られた命に関する要素が無いわけでは無いですし、映画にも感情や共感性に関する描写が無いわけではありません(もしかすると、小説を読んでからの視聴だったので感づけただけかもしれませんが)。ただ、前面に出して語ろうとしていることは違うように思いました。
どっちかだけでも良いけど、両方知ってるとより楽しめる
小説はSF小説として「こんな世界だったら・・・」と想像を掻き立てる面白さもありますし、人とアンドロイドの違いにフォーカスしているのもAIが台頭してきている昨今の情勢と親和性が高そうと思います。
映画は、小説の映像化として観ると違和感を感じてしまうかもしれませんが、人間VSレプリカントという構図を楽しむのであれば面白い作品です。特に、映像のすごさは2026年の今見ても凄いな・・・と感じるすさまじいものでした。ディスプレイがブラウン管だったり、古臭さはありますけど。
上述の通りなので、どちらか単体で読んでも面白いとは思いますが、両方知っている方が楽しめそうだなと思います。両方知っているというか小説→映画の順が個人的にはオススメ。
映画は小説の設定と踏襲していないところも多いですが、「今のデッカードが考えてることって、小説でのあの場面がベースと考えると、こういう事かな・・・?」みたいな考察・・・とまではいかなくても想像しながら観るのが楽しかったです。
〆
不朽の名作と言われることに恥じない小説であり、AIが台頭してきている昨今とマッチしている気がする小説。
映画は、古臭さは感じるものの、今見ても最近の作品と見劣りしない(はちょっと過言かもしれないが、十分すげぇと感じる)映像作品。
両方とも十分楽しめただけでなく、名作と呼ばれる作品に触れてないのは勿体ないかもしれない・・・という気持ちを加速させてくれた作品でした。

